分かり合えるという錯覚に陥るわけ
こんにちは
未来尊厳アーティストです
普段の日常会話で、こんな経験ありませんか?
『あの時、〇〇って言ったじゃん』
『△△で、〜したよね』
『なんでいつも⬜︎⬜︎⬜︎なのよ』
(言葉はどうであれ)
という
あなたのことを全く分かってもらえない経験ありませんか?
身近な存在になればなる程
全然分かってくれないし
全く話しが噛み合ってないし
話せば話すほど、イライラしてきて話したくなくなる
そんなあなたに
今日は、分かり合えるという錯覚に陥るわけについて話していきたいと思います
なぜこのようなすれ違いが起きるのでしょうか?
夫婦になれば
同じ空間に住んで
同じものを食べて
同じ時間を共有している
と思いやすいですよね
でも、実は違うんです
同じように見えてるものでも、実は全く別のものをみています
どういうことか?
普段、話してわかり合っているという錯覚を
別の角度から
例えると
100人の人が1本の映画を見ると
そこには100通りの映画が上映されている
と言いますよね
その100通りの映画の一部部分を切り取って
『あぁ〜感動した!』
『いや、微妙だった』
『もう一回見よう』
と感想を持ち
『あの映画〇〇だったよね〜』
『△△が⬜︎⬜︎だとは驚いたよ』
などの会話をするわけです
つまり、100通りの映画でごく一部だけを切り取って
相手も同じように
感じている!!!!
に違いないと確信し
同じ部分について話している!
と強く思い込み話しが展開していくわけです
だから、大前提として話している内容も感じたことも全然違うのに
分かり合えると思い話しをするから、ズレるのは当然です
このズレを起こしたまま
曖昧にまぁ〜このくらいだったらいいか
と相手に適当に合わせるから
それとなく会話が成立しているようにみえるのです
これが夫婦になれば
相手は私のことを理解してくれるはずだ
と強く思うので
少しの違いが許せなくて
分かって欲しい!!!
という心の叫びが
イライラという気持ちになって現れているのです